夏の初めに終わった家族

「引っ越すことになって」と彼女は言った。
回覧板をまわしに来たのだろうと思っていた私は、言葉が出なかった。
彼女とご主人と小学生の男の子三人家族、一軒家なのに引っ越すとはどうしてなのだろうと、短い間に色々な考えが私の頭に浮かんだ。
引っ越す理由は、彼女の口から語られることはなかった。
ご主人の仕事の関係でローンが払えなくなり、家を手放すことになったのではないか…ぼんやりとそんなことを考えていた。
 
私が娘と実家で過ごしていた間、留守番をしていた夫がふらりと出かけた健康ランドで、彼女のご主人と偶然会ったらしい。
夫が「奥さんと子供が実家へ長く行っててなかなか帰ってこないんですよ、ハハハ」と冗談めかして言うと、相手のご主人は「帰ってくるだけいいですよ…」とぼそっとつぶやいたのだという。
 
引っ越しの原因は「離婚」だった。
 
私たちと彼女たち一家は、ここへ住み始めたのがほぼ同時期、子供の年齢もひとつ違いだった。
そして偶然、私と彼女は同い年だった。
キャッチボールするお父さんと息子さんの姿、いつも明るかった彼女…
私は何を見ていたのだろう。
私は何も見ていなかった。
 
夏休みが始まったばかりの頃、ひとつの家族が終わった。
引っ越しの挨拶のとき、彼女の後ろで寂しそうにしていた息子さんの顔がまだ忘れられない。